概要
対角行列は、線形代数学における基本的な行列の1つである。
対角行列は、正方行列において対角成分 (左上から右下への対角線上の成分) 以外の全ての成分が0である行列として定義される。
対角行列の重要性は、その構造の単純さと計算の容易さにある。
一般の行列に対して行う演算は複雑になることが多いが、対角行列の場合、和・積・累乗・逆行列等の計算が簡単化できる。
この性質により、対角行列は実際の数値計算においても中心的な役割を果たす。
さらに、対角行列は 線形代数の基礎_-_対角化 の理論において核心的な位置を占めている。
多くの問題では、与えられた行列を適切な変換により対角行列に変換する対角化という操作が重要である。
これは、複雑な線形変換を単純な伸縮変換の組み合わせとして理解できるようにする手法である。
固有値と固有ベクトルの理論は、この対角化を実現するために発展した。
対角行列の具体例としては、単位行列や零行列が挙げられる。
これらは全て対角行列の特殊な場合である。
また、対角成分が全て正の実数である対角行列は、多次元空間における各座標軸方向への伸縮変換 (幾何学的な解釈 : 線形変換) を表現する。
対角行列は数値線形代数、統計学における共分散行列の解析、量子力学における物理量の計算、グラフ理論、機械学習のアルゴリズム等、多岐にわたる分野で活用されている。
特に大規模なデータ処理では、行列を対角行列に近似することで計算効率を大幅に向上させることができる。
定義
対角行列の定義
を n次正方行列とする。
となる時、
の時の、 を 対角行列 (diagonal matrix) という。
対角行列は、 と記述することもある。
なお一般の行列に対し、 のことを 対角成分 という。
対角行列の例
# 例1 は対角行列である。 # 例2 は対角行列である。
零行列 や 単位行列 は対角行列である。
対角成分以外は、必ず0でないといけないが、対角成分にも0が存在しても構わない。
特殊な対角行列
単位行列
単位行列は、対角成分が全て1である対角行列である。
n次の単位行列は、通常 または と表記される。
単位行列は線形代数において、乗法の単位元 としての役割を持つ。
つまり、任意の 次正方行列 に対して、 が成り立つ。
この性質は、通常の数における1の役割と完全に対応しており、行列の演算において基準となる存在である。
幾何学的には、単位行列は恒等変換を表す。
つまり、ベクトルに単位行列を作用させても、そのベクトルは何も変化しない。
この性質により、単位行列は線形変換の合成や逆変換を考える時の出発点となる。
単位行列の重要な性質を以下に示す。
- 単位行列の行列式は となる。
- 単位行列は自分自身が逆行列となり、 が成り立つ。
- 単位行列の固有値は全て1であり、任意のベクトルが固有ベクトルとなる。
これは恒等変換が全ての方向で、倍率1の伸縮 を行うことに対応している。
単位行列は、連立1次方程式の解法、行列の逆行列の計算、線形変換の表現等、あらゆる場面で使用される。
特に、ある行列を単位行列に変換する操作 (行基本変形) は、連立1次方程式を解くガウスの消去法の本質的な考え方である。
零行列
零行列は、全ての成分が0である行列である。
n次の零行列は、通常 または と表記される。
零行列は対角成分も全て0であるため、対角行列の特殊な場合として位置付けられる。
零行列は線形代数において、加法の単位元 としての役割を持つ。
つまり、任意の同じサイズの行列 に対して、 が成り立ちます。これは通常の数における0の役割と対応している。
幾何学的には、零行列はすべてのベクトルを原点に写す零変換を表す。
どのようなベクトルに零行列を作用させても、結果は必ず零ベクトルになる。
この性質により、零行列は線形変換の中で最も 縮退した 変換として理解できる。
零行列の重要な性質を以下に示す。
- 零行列の行列式は、 となる。
このため、零行列は逆行列を持たない。(正則ではない) - 零行列の固有値は全て0である。
- 任意の行列 と零行列の積は零行列となり、 が成り立つ。
零行列は、線形写像の核 (カーネル) の概念、階数の理論、線形独立性の議論等、理論的な考察において役割を果たす。
特に、ある行列が零行列に 近い かどうかは、数値計算における誤差評価や近似の良さを測る指標となる。
対角行列の基本的な性質
, をn次の対角行列とする。
この時、以下の性質が成り立つ。
和と定数倍
対角行列の和・定数倍も対角行列である。
積
対角行列の積も対角行列である。
転置行列
対角行列は対称行列である。
ここで、 は の転置行列を表す。
行列式
ここで、 は の行列式を表す。
逆行列
対角行列の逆行列も対角行列である。
の時、
固有値
の固有値は、 となる。