線形代数の基礎 - 1次変換
概要
線形変換、または、1次変換は、線形代数学における基本的な概念の1つである。
線形変換は、ベクトル空間における特別な写像であり、ベクトルの加法とスカラー倍という線形構造を保つ性質を持つ。
線形変換の本質は、直線を直線に写す という幾何学的性質にある。
これは、複雑な変換であっても、線形変換であれば直線性が保たれることを意味する。
この性質により、線形変換は行列によって完全に表現することができ、計算が体系化される。
線形変換は、行列とベクトルの積という形で具体的に表現される。
つまり、ある行列 とベクトル の積 は、ベクトル を別のベクトルに変換する操作を表している。
この対応により、抽象的な変換の概念が、具体的な行列演算として扱えるようになる。
線形変換の重要性は、その応用の広さにある。
幾何学的には、平面や空間における回転、拡大縮小、対称移動、せん断などの基本的な図形変換は、すべて線形変換として表現できる。
これらの変換を組み合わせることで、複雑な図形変換も体系的に扱うことができる。
さらに、線形変換の理論は、連立1次方程式の解法、固有値問題、行列の対角化等、線形代数学の中心的な話題と深く結びついている。
特に、合成変換が行列の積に対応する という性質は、変換の合成を代数的に扱うことを可能にし、群論などの抽象代数学への橋渡しとなる。
応用面では、線形変換はコンピュータグラフィックス、画像処理、データ解析、機械学習、量子力学、制御理論など、現代科学技術の様々な分野で中心的な役割を果たしている。
特にCGや画像処理では、拡大縮小、回転、変形などの操作が線形変換として実装されており、効率的な計算が可能となっている。
また、機械学習における主成分分析 (PCA) や、データの次元削減なども、本質的には線形変換の理論に基づいている。
線形変換を学ぶことは、単に数学的な知識を得るだけでなく、空間の構造を理解し、変換を通じて物事を見る新しい視点を得ることを意味する。
定義
線形変換の定義
ベクトル空間 から ベクトル空間 への写像 が、以下の2つの条件を満たす時、
を 線形写像 (linear mapping) または 線形変換 という。
(L1) 加法性 任意のベクトル に対して、
(L2) 斉次性 (同次性)
任意のスカラー と任意のベクトル に対して、
特に、定義域と終域が同じベクトル空間である場合、
すなわち、 である場合を 線形変換 または 1次変換 と呼ぶ。
これら2つの条件を合わせて、次のように1つの式で表すこともできる。
ここで、 は任意のスカラー、 は任意のベクトルである。
行列による表現
2次元平面 における線形変換は、2×2の行列を用いて表現できる。
点 を点 に移す線形変換は、
と表される。
ここで、行列 を、この線形変換を表す 変換行列 という。
より一般に、 次元ベクトル空間 から 次元ベクトル空間 への線形変換は、
の行列によって表現される。
線形変換の基本的な性質
線形変換 は、定義から直ちに次の性質を満たす。
零ベクトルの像
線形変換 は、零ベクトル を零ベクトルに写す。
証明: 斉次性より、
反ベクトルの像
証明: 斉次性より、
線形結合の保存
ベクトル とスカラー に対して、
この性質は、線形変換が 線形結合を保存する ことを示している。
直線を直線に写す
線形変換は、直線を直線に写す。(ただし、点に潰れる場合を含む)
この性質が 線形 という名前の由来である。
曲線を扱う非線形変換とは対照的に、線形変換は直線性を保つため、計算や解析が容易である。
線形変換の例
線形変換の具体例として、2次元平面における代表的な幾何変換を示す。
拡大縮小
原点を中心に、 方向に 倍、 方向に 倍する拡大縮小は、
で表される。
特に、 の場合は、等倍拡大 (相似拡大) となる。
回転
原点を中心に反時計回りに角度 だけ回転させる変換は、
で表される。
この回転行列は、CGや物理学で頻繁に用いられる。
対称移動 (鏡映)
- x軸に関する対称移動
- y軸に関する対称移動
- 直線 y = x に関する対称移動
- 原点に関する対称移動
せん断変換
- x方向のせん断
この変換により、点 は に移される。
平行四辺形を作る変形として、画像処理などで利用される。
特殊な線形変換
線形変換の中には、特別な性質を持つ重要なものがいくつか存在する。
恒等変換
恒等変換は、全てのベクトルを自分自身に写す線形変換である。
(全ての に対して)
恒等変換は、単位行列 によって表される。
- 2次元の場合
- 3次元の場合
恒等変換は、線形変換の合成における 単位元 としての役割を持つ。
すなわち、任意の線形変換 に対して、
が成り立つ。
ここで、 は写像の合成を表す。
幾何学的には、恒等変換は 何もしない変換 を表す。
どのようなベクトルも、その位置を全く変えずにそのまま残す。
この性質により、恒等変換は変換の合成や逆変換を考える時の基準点となる。
恒等変換の重要な性質を以下に示す。
- 恒等変換の行列式は、 である。
- 恒等変換は自分自身が逆変換である。
すなわち、 - 恒等変換の固有値は全て1である。
- 恒等変換は、任意のベクトルを固有ベクトルとする。
特に、ある変換を2回続けて行うと恒等変換になる変換 (例 : 対称移動) は、自己逆変換と呼ばれ、 を満たす。
これは、 軸に関する対称移動を2回行うと元に戻ること等に対応する。
零変換
零変換は、全てのベクトルを零ベクトルに写す線形変換である。
(全ての に対して)
零変換は、零行列 によって表される。
幾何学的には、零変換は空間全体を原点に潰す変換である。
零変換は、線形変換の中で最も縮退した変換であり、逆変換を持たない。
射影変換
射影変換は、ベクトルをある部分空間に正射影する線形変換である。
例えば、3次元空間のベクトルを 平面に射影する変換は、
で表される。
この変換により、点 は に写される。
射影変換は、 という性質を持つ。
これは、1度射影したものを再度射影しても結果が変わらないことを意味する。
合成変換と逆変換
合成変換
2つの線形変換 と を続けて行う操作を 合成変換 (composition) といい、 と表す。
合成変換も線形変換である。
重要な性質として、変換の合成は行列の積に対応する。
を表す行列を 、 を表す行列を とする時、合成変換 を表す行列は となる。
※注意
行列の積は一般に交換法則が成り立たないため、 である場合が多い。
これは、変換を行う順序が結果に影響することを意味する。
逆変換
線形変換 に対して、 (恒等変換) となる線形変換 が存在する時、
を の 逆変換 といい、 と表す。
逆変換は、元の変換を「元に戻す」変換である。
行列 で表される線形変換が逆変換を持つための必要十分条件は、 が 正則行列 (逆行列を持つ行列) であることである。
すなわち、 が条件となる。
逆変換を表す行列は、元の行列の逆行列 である。
例: 回転変換 の逆変換は、逆方向(時計回り)に同じ角度だけ回転する変換 である。 これは、 を満たす。
線形変換と固有値
線形変換 において、零でないベクトル が、
を満たす時、 を の 固有値 (eigenvalue)、 を固有値 に対する 固有ベクトル という。
固有ベクトルは、線形変換によって向きが変わらず、大きさのみが 倍されるという特別な性質を持つ。
この概念は、行列の対角化 と深く結びついており、複雑な線形変換を単純な伸縮変換として理解するための鍵となる。
線形変換の幾何学的理解
線形変換を幾何学的に理解するには、基底ベクトルの行き先 に注目することが有効である。
2次元の場合、標準基底 , の行き先が、変換行列の各列を構成する。
つまり、行列 による線形変換では、
- は に移る
- は に移る
この対応により、線形変換前の単位正方形が、線形変換後にどのような平行四辺形に変化するかを視覚化できる。
その平行四辺形の面積は、元の変換行列の行列式 に等しい。
線形変換によって空間全体が変形する様子を理解することにより、抽象的な行列演算に幾何学的意味を与えることができる。
応用
コンピュータグラフィックス
CGにおける3次元物体の回転、拡大縮小、変形などは、全て線形変換として実装される。
複数の変換を組み合わせる場合は、対応する行列を順次掛け合わせることで効率的に計算できる。
画像処理
デジタル画像の幾何変換 (拡大、縮小、回転、せん断) は線形変換で表現される。
また、画像のフィルタ処理も線形変換の一種として扱われることがある。
主成分分析 (PCA)
統計学や機械学習における主成分分析は、データを適切な線形変換によって新しい座標系に変換する手法である。
これにより、データの本質的な構造を抽出し、次元削減を行うことができる。
量子力学
量子力学における状態の時間発展や、物理量の測定は、線形変換 (ユニタリ変換) によって記述される。
制御理論
線形システムの状態遷移は、線形変換によってモデル化される。
これにより、システムの安定性解析や制御設計が可能となる。